春のお彼岸の連休、ならまち散策で世界遺産登録の元興寺に立ち寄りました。
南都七大寺の中でも東大寺に次ぐ大寺院でしたが、貴族の庇護を得た寺院が栄えてゆく中、支えであった中央政府の弱体化に伴い平安時代後期には衰退の道を辿ることになります。その後いく度か再建と衰退を繰り返しながら、現在のようになったのは昭和戦後になってからです。
町屋観光で外すことこの出来ない「ならまち」も奈良時代には元興寺の境内だったというのですから、その隆盛ぶりがうかがえますが、現在では2つの元興寺に分かれてしまっています。
今回出かけたのは別名「元興寺極楽坊」です。日本最初の瓦が今でも使われている極楽坊と禅室の屋根の「行基葺き」が有名です。
「利休梅」と札に書いてありました。